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2006.01.29

0165_ひめゆり通り

沖縄県那覇市の那覇市民会館近くに那覇から中部までの幹線道路で「ひめゆり通り」がある。その名前の由来には悲しい出来事があった...

その通りには安里川が流れ、そこには木造の橋が架かっていたそうだ。その橋を今は無き「軽便鉄道」が走っていた。ある大雨の日、その鉄道で学校へ通っていた乙女が軽便鉄道の客車から川に落ちて流されてしまった。その乙女の事をしのんで、また二度とこのような悲劇を生まないようにとしっかりとした橋を架けた。その橋の名を、乙女の通っていた第一高女の校友校誌の「乙姫」と沖縄師範女子部の校誌名「白百合」を掛け合わせて「姫百合(ひめゆり)」、ひめゆり橋と名付け、またその橋の通りをひめゆり通りと名付けたそうだ。

#ひめゆりという名で有名な「ひめゆり部隊」がある。第二次世界大戦において看護活動において活躍した15歳から19歳までの乙女たちで構成された学徒看護隊なのだけれど、その「ひめゆり」という名の由来の、もう一つのエピソードだろうとボクは考えている。

実はその乙女の弟さんがその橋の近くで内科医院を開いていた。O氏だ。O先生はボクのかかり付けのお医者さんで、おむつをしていた時からお世話になった。小児ぜん息ということあって、何度も往診にいらして頂いたこともあった。注射が怖いと逃げ回って困らせたことも昨日のように覚えている。そしてボクの転機の度に幾度となくお世話になった。転職して初出勤の前日急性胃炎を起こして、先生に痛み止めの注射をして頂いたことも覚えている。そして人生最大のイベントである結婚でも仲人まで引き受けて頂いた。感謝し尽くせない。

O先生が亡くなられた。88歳のお誕生日を迎えられたその後だった。昨夏にはご自身がガンであることを、そして末期であることを知っていらしたそうで、告別式のことなど、司式の牧師先生や、また葬儀屋さんまでもお呼びになって打ち合わせをなさったそうだ。葬儀屋さんは「(お亡くなりになる)ご本人から打ち合わせされるなんて初めてのこと」と困惑気味だったそうで、実に先生らしい。また昨年末、体調が良くなった日にご家族にも内緒でこっそりと写真屋へ行き、遺影として飾る写真を撮影なさったそうだ。それが式場の正面に飾られていた。これまた最後まで先生らしいエピソードにあふれていらっしゃる。

本日は告別式だった。式の間中、涙があふれてきて止まらなかった。久しぶりにいっぱい涙を流した。本当に思い出がいっぱいありすぎて式場の角で、涙を流し続けた。多分感謝の分だけ、だろう。敬けんなキリスト教信徒の先生はお医者さんというお仕事の傍ら、熱心なキリスト教伝導者としても尊敬出来る方だった。また青少年活動にも熱心でボクの沖縄YMCAスタッフ時代にも理事長としてご活やくなさった。ユーモアたっぷりのおしゃべりにも思い出が沢山ある。まだまだ語り尽くせない。感謝してもし尽くせない。

お別れの親族代表のごあいさつで、ご長男が「亡くなるまで全て父が段取りをつけていたのですが、さすがに私のこのあいさつの原稿までは目を通していないので、唯一はらはらしながら天国で私のあいさつを見守ってくれていることでしょう。」とおっしゃっていました。最後の最後まで実に先生らしい。

天国で神様の御許でにこにこと見守って下さっていらっしゃる先生の笑顔が思い浮かぶ。本当に有り難うございました。

沖縄県営鉄道
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E7%9C%8C%E5%96%B6%E9%89%84%E9%81%93

ひめゆり部隊
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B2%E3%82%81%E3%82%86%E3%82%8A%E9%83%A8%E9%9A%8A

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Comments

It's in fact very complicated in this busy life to listen news on TV, thus I just use the web for that reason, and take the latest news.

Posted by: wizard101 Crown Generator | 2014.04.16 at 01:41 AM

「ひめゆり通り」にそのようなエピソードがあったなんて知りませんでした。それに、O先生の思い出も素敵ですね。先生のような最期が送れるようになるには人生の達人にならなければ、なかなか難しいでしょうね。

ところで、YMCAのスタッフ時代っていつごろですか?20年ほど前に、うちの子供たちがお世話になったことがあるんですよ。

Posted by: ユリ | 2006.01.30 at 03:50 PM

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