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2004.04.10

0046_家(か)・者(しゃ)・屋(や)

評論家や教育者や何でも屋、など「家・者・屋」が付く人っているよね。

で、じゃあ自分はなんだろ、って考える時がある。

現在教育関連業界に所属しているのだが、決して教育者ではないと思っている。どちらかというと教育屋の類(たぐい)だろうな。

自己判断だけれども、屋(や)と付けると「それを生業(なりわい)としている」「それで銭儲けしている」という印象が強いように感じている。また家(か)がつくのは「論ずる人」「どちらかというと口先ばかり」「偉そうに言う人」っていう印象かな。それからすると者(しゃ)は「実行型の人」「行動を伴った人」と勝手に位置付けたりする。

そうなると今度は、単に銭儲けのために教育関連にいるわけでもない(そういうつもりもない)ので、教育屋と言われるのにも抵抗がある。実に身勝手な自分である。でもそうすると銭儲けというのが、何だかすごく意地汚いような印象を持っていることになる。単なる偏見だが...

話の方向は変わるけど、日本ではよく「銭」「お金」って汚い物だ、という教えられて大人になるケースが多いと言われる。自分でもそういう風に教えられて育った。だからお金を稼ぐということに、またお金を稼ぐことに一所懸命な人に対する印象がよくないのだろう。

でも、最近こう考えるようにもなった。かつてはがつがつお金を稼ごうと考えなくても、それでもそれなりに収入が見込めた。しかしこれだけ金利の低い、また税金などを引き上げてくる国の現状にのんびりしていてはいられない。そうなるといかに上手にお金と付き合っていくか、また現在どうお金と付き合っているのか、を考える必要性が以前よりも高まる。お金が全てではないけれども、やはり将来のことを考えるとどうしても避けて通れない。やはりやりくり上手になるためにもっと真摯にお金と向き合う必要があるな。

この4月からお金についての仕事が加わってきた。新しい分野への進出だ。さて、ではこれから自身の立場を何と呼ぼうか。面倒だから全く変えて「仕事人」がかっこ良いかも。だけど「人(にん)」って言い切るだけのプロ意識に欠ける。(これも勝手な印象だが「人(にん)」には強いプロ意識を感じている) こうなればいっそ「何でも屋」というのが便利でよいのかも。でもそうなれば今度は「何でも出来る」ほど守備範囲は広くないし...(ため息)

もう少し悩むことにしよう。

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